10.三百六十五日目







夏。
昨年までよりも涼しい地を、私は毎日壁の上から見下ろしていた。


あれから一年、訓練兵を卒業した私が配属されたのは、ウォールローゼ内最北地の駐屯地。
ここは、私の故郷に一番近い街だ。

結局私は、実力不足の為に憲兵団にはなれなかった。
父さんの背中に追い付けなかった事がとても悔しくて、部屋を占拠して一人塞ぎ込んだり、元気付けようとしてくれたサシャに泣いて八つ当たりしてしまった事もあった。(勿論、落ち着いた後にひどく後悔して、また泣きながら謝って許して貰ったけど。)
それでも、いつかは故郷を守るため、駐屯兵としてこの地に就くことを決意したのだ。





訓練生を卒業した日、ライナーに好きだと告白された。
あの夏以前の私ならば、泣くほど喜んで「私もよ」と返しただろう。
けれど、もう私の心には"彼"しか居なかったから、ライナーを異性として見ることは出来なくなっていたから、私はその好意をやんわり跳ね返すしかなかった。
サシャには驚かれたけれど、どこか知っていた風に、そうですか、と一言だけ返された。

今でも、ふと、それを思い出す時がある。
ごめんなさいと告げたあとのライナーは、そうか、と悲しそうに笑っていた。
……もしも、"彼"と出逢わなければ、"この人"の期待に応えられたかもしれない。
あんな顔をさせずに済んだかもしれない。
そう思うと、少しだけ、胸がちくりと痛んだ。
けれど、やはり彼と出逢ったことを間違いだとは思いたくなくて。
これで良かったんだと言い聞かせるように胸に手を当て、上着のポケットから小瓶をひとつ取り出す。
指先で太陽に翳せば、黄金色のそれは、きらきらと日に輝いた。

あの日、彼に渡したかったもの。
けれど、彼に届くことはなかったもの。
きっとこの中身は、永遠に瓶の外に出ることはない。
だってもう、二度と貴方に会うことはないのだから。





私は、前に進んでいる。
生きるために、一歩ずつ、確実に未来へと歩んでいる。
それでも、私は未だに"彼"を愛しているし、忘れられずにいるのだ。
あの小さな手を、小さな笑顔を、小さな温もりを。
きっと、私はずっと心に感じて生きていく。
私に夏が来る限り、蝉時雨を耳にする限り。
"彼"と過ごした一週間を、私はいつまでも、忘れることはないだろう。










goodbye, love for a week

(君との思い出を胸に、私は前へ進むよ)